伊耶那岐神(イザナキノカミ)と伊耶那美神(イザナミノカミ)

yomotuhirasaka

天と地が初めてひらけた時に、天上界に三柱(みはしら)の神が現れました。次に地上界は幼く、水に浮かぶ水母(くらげ)のようにぷかぷかと漂っていた時に、二柱(ふたはしら)の神が現れました。この五神は特別な天つ神(あまつかみ)で、その身の形を隠しておられました。

その後、七代(ななよ)の神々により国となるもとが形づくられました。その中で、最後に現れた若い男女の神が伊耶那岐神(イザナキノカミ)と伊耶那美神(イザナミノカミ)。

天つ神(あまつかみ)は、伊耶那岐命(イザナキノミコト)・伊耶那美命(イザナミノミコト)の二神に、「この漂っている国土を繕(つくろ)い、しっかり固めなさい」と仰せになり、天の沼矛(あめのぬほこ)をお与えになりました。そこで二神は、天に懸かる浮き橋の上にお立ちになって、その沼矛を下界へさし下して攪(か)き回されると、海水は攪くたびにコオロコオロと音を立てて、矛を引き上げるときにその先からしたたり落ちた塩が累(かさ)なり積もって淤能碁呂島(おのごろしま)ができました。その島に降りられた二神は、高天原(たかあまのはら)の象徴の御(み)柱はこことお決めになると、そこに立派な宮殿をお建てになり、伊耶那岐命(イザナキノミコト)は、妻の伊耶那美命(イザナミノミコト)に、「私とおまえとで、この天の御柱をぐるっと廻(まわ)って出合ったところで結婚をしよう」とおっしゃいました。

このようにして伊耶那岐(イザナキ)・伊耶那美(イザナミ)の二神は国生みを終わり、さらに神をお生みになりました。一緒にお生みになった島は十四島、また神は三十五神になりました。

しかし、伊耶那美命(イザナミノミコト)は火の神をお生みになったことにより、女陰(ほと)を焼かれて病み臥(ふ)せってしまわれ、遂にあの世へお行きになりました。

伊耶那岐命(イザナキノミコト)は、「いとして我が妻よ、おまえを子の一人と引き替えにできようか」とおっしゃり、横たわる妻の枕の方へ腹這い、足の方へと腹這ってお泣きになりました。そして、あの世へお行きになった伊耶那美神(イザナミノカミ)は、出雲国(いづものくに)と伯伎国(ほうきのくに)との境の比婆(ひば)の山(やま)に葬りもうしあげました。すると伊耶那岐命(イザナキノミコト)は、腰にお佩(は)きの十拳(とつか)の剣(つるぎ)を抜いて、その子火神迦具土神(カグツチノカミ)の首をお斬(き)りになりました。

このことがあって伊耶那岐命(イザナキノミコト)は、妻の伊耶那美命(イザナミノミコト)に会いたいとお思いになって、あの世の黄泉(よみ)の国(くに)に、後を追ってお行きになりました。そこで伊耶那美命(イザナミノミコト)が御殿の閉ざした戸口からお出迎えになった時に、伊耶那岐命(イザナキノミコト)は「いとおしい我が妻の命(みこと)よ、わたしとおまえとで作った国は、まだ作り終わっていない。だから帰ってきてほしい」とおっしゃっいました。伊耶那美命(イザナミノミコト)はそれに答えて、「とても残念なこと。もう少し早くお出(い)でくださったらよかったのに。私は黄泉の国のかまどで炊いた食事を食べてしまいました。ですがいとしい夫のあなたが、この国までお入りになって来られましたので、仰(おお)せのとおり帰りとうございます。しばらく黄泉(よみ)の神と相談してみましょう。その間私を決して覗(のぞ)き見(み)してはなりません」と言って、御殿の中に帰られました。その待つ間のたいそう長いのに耐えかねてしまわれた伊耶那岐命(イザナキノミコト)が、左側の髻(みずら)に挿していらっしゃる櫛(くし)の端の太い歯一本を引っ欠いて、炬火(たいまつ)のような火を燭(とも)して、御殿の中を覗いて見られました。その途端、そこには伊耶那美命(イザナミノミコト)の体のいたるところに蛆虫(うじむし)がたかり、うごめく音がごろごろと鳴るありさまで、頭には大雷(おおいかずち)がおり、胸や腹など合わせて八種もの雷神(いかずちのかみ)がわき出していました。

このありさまを見てしまった伊耶那岐命(イザナキノミコト)が恐ろしさのあまり逃げ帰ろうとなさった時に、妻の伊耶那美命(イザナミノミコト)は、「私に恥(はじ)をかかせましたね」と申されると、黄泉の国の醜女(シコメ)を遣(つか)わして追いかけさせました。そこで伊耶那岐命(イザナキノミコト)は頭に着けていた黒い髪飾りをはずして投げ棄てるやいなや、山葡萄(やまぶどう)の芽が生え花が咲き実が成りました。シコメがこれを拾い取って喰(く)っている間に逃げてお行きになりましたが、喰い終わるとなお追いかけてきます。

そこでまた右側の髻(みずら)に挿していらっしゃる櫛(くし)を引っ掻(か)いて投げ棄てるやいなや竹の子が地面に芽を出し生えました。シコメがこれを抜き取り喰っている間に、逃げてお行きになったので、伊耶那美命(イザナミノミコト)は、あの八種の雷神(いかずちのかみ)と多数の黄泉の国の軍隊を一緒に追わせました。そこで伊耶那岐命(イザナキノミコト)は、十拳(とつか)の剣(つるぎ)を抜いて、後手(うしろで)に振りながら逃げましたが、黄泉軍(よみのぐん)はなお追ってきました。

ようやくこの世との境の黄泉比良坂(よもつひらさか)の坂の口まで辿(たど)り着いた時、その坂のふもとに生えていた桃(もも)の実三箇を取って迎え撃つと、桃の呪術(じゅじゅつ)的な魔除けの力を受けて、黄泉軍はすべて引き返していきました。そこで伊耶那岐命(イザナキノミコト)は、桃の実に、「桃の実よ、私を助けたと同じように、この葦原中国(あしはらのなかつくに)に生きるあらゆる人々が苦しみの流れに流されて悩みごとに呆然(ぼうぜん)となる時に助けてやってくれ」とお告げになって、大きな霊の力という意味のオオカムヅミの命(みこと)の名を賜りました。

そうしていると、いちばん後から妻の伊耶那美命(イザナミノミコト)自身が追いかけて来ました。そこで伊耶那岐命(イザナキノミコト)は千人力でなければ引けない大岩を引っぱって来て、黄泉比良坂を塞(ふさ)いでしまわれました。その岩を真ん中にして二神が向かい合って立ち、伊耶那岐命(イザナキノミコト)から離婚の呪言(じゆごん)を言い渡した時、伊耶那美命(イザナミノミコト)は、「いとおしい我が夫の命(みこと)よ、あなたがこんなことをなさいますならば、あなたの国の人間を、一日に千人、絞(くび)り殺しましょう」と申しました。すると伊耶那岐命(イザナキノミコト)は、「いとしい妻の命よ、おまえがそうするなら、わたしは一日に千五百の産屋(うぶや)を建てよう」と仰せになりました。こういうことがあって、この世では人は一日に千人死に、千五百人生まれるのです。そういうわけで伊耶那美命(イザナミノミコト)を名付けて黄泉大神(ヨモツオオカミ)というのです。そして、ここにいうところの黄泉比良坂は、今の出雲国(いずものくに)のイフヤ坂だといいます。

黄泉(よみ)の国(くに)から逃げ戻って、伊耶那岐大神(イザナキノオオカミ)は、「わたしは目にするのもいやな汚(けが)らわしい穢(けが)れた国に行っていたことよ。この身についた穢れを取り除くためにわたしは身の祓(はら)えをしよう」とおっしゃって、筑紫(ちくし)の日向(ひむか)の橘(たちばな)の小門(おど)のアハキ原にお行きになって禊(みそぎ)をなさいました。身に着けていた物をお棄てになったところで、「上(かみ)の方の瀬は流れが速い。下(しも)の方の瀬は流れが遅(おそ)い」とおっしゃって、初めて中ごろの瀬に入り、水に身を沈めてお滌(すす)ぎになり、次に水の底でお滌ぎになり、次に水の中ほどの深さでお滌ぎになり、次に水面でお滌ぎになりました。

この禊(みそぎ)の最後に、左の御目(みめ)をお洗いになった時に出現なさった神の名は、天照大御神(アマテラスオオミカミ)。次に右の御目をお洗いになった時に出現された神の名は、月読命(ツクヨミノミコト)。次に御鼻(みはな)をお洗いになった時に出現された神の名は、建速須佐之男命(タケハヤスサノオノミコト)。
このときに伊耶那岐命(イザナキノミコト)はたいそうお喜びになって、「わたしは子をつぎつぎと生まれさせて、生まれしめることの終わりに、三神の貴い子を得ることができた」と仰せになりました。